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学ぶ前にやるべきこと

親子論語塾の日

最近はもっぱら妻と二人で参加させてもらっています。



この章句を紹介していただきました。


子曰わく

弟子(ていし)

入りては則ち孝

出でては則すち弟

謹みて信あり

ひろく衆を愛して 仁に親しみ

行ないて余力有らば

則ち以て文を学ぶ


若者は、家の中では親孝行し、家の外では年長者を敬う。

慎み深く誠実で、区別なく人々を愛して

仁者と親しくていきましょう。

ここまでのことを実践して、それでも余力があるのなら

学問をすべきです。



論語で伝えようとしているのは、ひとりで行う実践ではない。

多くの場合、二人以上の人とつながるときの心がけを伝えている。


「仁」という漢字は、人に二と書く。

仁(思いやる心)は、ただ一人で思うだけではなく、相手がいて、行動する中で育まれる。

もちろん、ひとりだと仁がなくなるわけではないが。


まずそれが前提としてあり。


若者は家の中では、親孝行に勤しむ。

家の外や社会の中では、目上の人、年長者を敬うことを忘れない。

その上で、慎み深く、区別なく人々を愛しましょう。

そして、できる限り思いやりのある人の傍で、親しくつながっていきましょう。

すべて、人との間(あいだ)の話だ。

ここまでちゃんと実践できて、さらに余力があれば、新たな学びの時間をつくる。



安岡先生は、「この章句は循環を教えています」と。


つまり、まず人としての自分の役割を実践し、その上で、学んでいく。

学ぶだけで、知識だけ増えても仕方がない。

学んだら、それを実践していく。

実践して、まだ足りないことに気づいたらまた学ぶ。

この繰り返しだ。


学ぶことは大切だが、その前にやるべきことができているか

大事な問いかけだ。



次回12月はお餅つきです。

久しぶりに末っ子も参加する予定。

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