top of page

平常心是道

  • 執筆者の写真: yamashina shigeru
    yamashina shigeru
  • 2023年9月20日
  • 読了時間: 1分

修身を学ぶ会富山

第28講 平常心是道


表裏なく、まっすぐ生きる道

そういった生き方をしようと志す人にとって、今の世の中は、まだまだ生きづらいのではないか。

これは、子どもたちの成長から思うこと。

大人は、敢えてそういった生き方を志すことになるが、子どもは、そのままで、まっすぐ生きている存在。

その尊さが羨ましくもあり、儚さも感じる。


表裏なく、まっすぐに生きようとすると、社会にはいろんな壁があり、押しつぶされそうになる。

それはなぜなんだろうか。


個としての人間。

社会の一員としての人間。

この二つの側面を、ひとりの人間の中で、どこまで許容できるのか。

許容できる範囲は、人それぞれ、個人差があり、個性ともいえる。


だけど、個性として許されないような何かが、社会に存在する。

幻なのか、実在しているのか…。


もちろんのこと、誰もが「道」を求める必要はない。

しかし、もし「道」を求めようとしたとき、その生きる姿勢に対して偏見や差別がある社会だとしたら、それはよくないと感じる。



第27講は「世の中は正直」とあった。

短い時間のスパンで考えれば、正直に見えないことも、長い時間のスパンで考えれば、世の中は正直なんだと。

 

ただ、平常心是道を貫いて生きることに偏見がない社会を、未来に託すのではなく、いまここから実現できればと願う。


最新記事

すべて表示
言葉の奥にある重みにたどり着く。

修身を学ぶ会富山 第7講 大志を抱け 「立派な先生になる」など、ていのよい逃げ言葉だ。 今回は、この言葉に心が動いた。 便利な道具が目の前にあると、どうしてもそれに頼ってしまうものだ。 そのひとつに、AIがある。 言葉にできそうで、できないこと。...

 
 
 
意図せず世代を超える

修身を学ぶ会富山 修身教授禄続 第2講 立志 「死後に生きる」というテーマに対して、すごく共感していた時期があるのだが、一度躊躇した時がある。 「人生二度なしという覚悟で生きているが、死後に何かを残す生き方は選びたくない」 そんな声を聴いた時だ。...

 
 
 
醜さ

修身を学ぶ会富山 第6講 意地と凝り性 ひとかどの人間になる人は、小さい頃から、いろいろその特徴がある。 それが、「意地」と「凝り性」だということ。 ただ、どちらも、そのままだと、他者との比較の世界だったり、 醜い人間の欲望 である。 それを純化させていくことが大事だ。...

 
 
 

Comments


bottom of page