top of page

平常心是道

修身を学ぶ会富山

第28講 平常心是道


表裏なく、まっすぐ生きる道

そういった生き方をしようと志す人にとって、今の世の中は、まだまだ生きづらいのではないか。

これは、子どもたちの成長から思うこと。

大人は、敢えてそういった生き方を志すことになるが、子どもは、そのままで、まっすぐ生きている存在。

その尊さが羨ましくもあり、儚さも感じる。


表裏なく、まっすぐに生きようとすると、社会にはいろんな壁があり、押しつぶされそうになる。

それはなぜなんだろうか。


個としての人間。

社会の一員としての人間。

この二つの側面を、ひとりの人間の中で、どこまで許容できるのか。

許容できる範囲は、人それぞれ、個人差があり、個性ともいえる。


だけど、個性として許されないような何かが、社会に存在する。

幻なのか、実在しているのか…。


もちろんのこと、誰もが「道」を求める必要はない。

しかし、もし「道」を求めようとしたとき、その生きる姿勢に対して偏見や差別がある社会だとしたら、それはよくないと感じる。



第27講は「世の中は正直」とあった。

短い時間のスパンで考えれば、正直に見えないことも、長い時間のスパンで考えれば、世の中は正直なんだと。

 

ただ、平常心是道を貫いて生きることに偏見がない社会を、未来に託すのではなく、いまここから実現できればと願う。


最新記事

すべて表示
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 
無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山 第13講 伝記を読む時期 偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。 今回は、この言葉が心に留まった。 どこまで深く生きるか――そこには制限がない。 では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。 肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。 この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう

 
 
 
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 

コメント


bottom of page