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教えありて類なし

2023年9月25日
読了時間: 1分

安岡先生の親子論語塾

はじめの「書」は、類。



「類」のある有名は章句はこれ。


教えありて類なし


「類」は、種類の類。

種類がない、差別がないという意味。


つまり、人は「教え」によって差は生まれるが、生まれによって差があることはない、ということだ。


では、「教え」とは何だろうか。


少しだけ、孔子が生きた時代を考えて遡ってみる。

孔子が誕生したのは、紀元前551年。

今からおよそ2600年前になる。


当時は、学校がない。

道を志し、何者かになろうとすると、道を教えてくれる師を探さなければならない。

師を求め旅にでることもあるだろう。

学ぶということは、命がけの行為とも言えるかもしれない。


そんな時代の「教え」とは何か?



師との出逢いのことだ。

2600年前、どんな師に出逢えるかで、人生は大きく変わった。


そして、多くを学び、いい習慣を身につけること。


つまり、

①人との出逢い

②いい習慣化


この2つが「教え」なのだ。


この教えによって人は大きな差が生まれる。

決して生まれによって差が生まれるわけではない。


これは、今にも通用することだと思う。


論語塾の後は、いつもお世話になっている論語塾の書道の先生の個展を鑑賞させていただいた。

どの作品も素晴らしく、執着のない、禅の書だった。




▼島本田鶴子先生のHP



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