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時間を消去する

更新日:2025年4月13日

A NEW EARTH

二巡目 第18週 振り返り


時間を消去する




時間は五感による認識のために必要な、現実的な目的に不可欠の心の構造である。

時間の正体を考える。

上記の言葉が、科学的に正しいか、正しくないかということではない。

時間は心の構造なんだということを否定することもできないはずだ。

証明しようがないはずだから。


しかし自分自身を知る上では最大の障害である。

自分とは何者なのか。

自分を知ろうとすればするほど、時間が最大の障害となる。


五感で得られる刺激をもって自分だと理解する。

冷たい水を触って、冷たいと感じるのが自分なのか。

自分の身体を手で触れ、手から感じる肉体の存在が自分なのか。

過去の記憶をさかのぼり、これまでの人生を振り返り、それが自分なのか。

将来の夢や目標に向かって努力している姿が自分なのか。


そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。



時間とは人生の水平軸、現実の表層だ。 だが、人生には深さという垂直軸もある。 垂直軸には、現在という瞬間を入り口として近づくしかない。

だから、自分に時間を与える代わりに、時間を取り除こう。


人類の歴史をおもうと、2000年以上前から時計はあったのだろうが、社会全体として、共通の時刻を意識することを求められたのは、ここ100年から200年の間になるのだろう。

それは、産業革命と軍事利用のためなんだと思う。

当たり前だと思っている時刻に合わせて計画する生き方は、僅か100年足らずしか経っていない。


それ以前は、垂直軸に向かう「現在という瞬間の入り口」を意識した生き方は、今以上にあったのではないか。



限界を超える


水平軸と垂直軸の時間

見えるカタチとして認識しやすいのは、水平軸の時間のほうだ。

音読会では、「能力の成長」と「意識の変容」という言葉で語られた。


カタチあるもの、または能力、つまり水平軸の成長は、どこかで限界が現れる。

身長が低いという理由で宇宙飛行士になれない時代。

視力が悪ければ、パイロットになれないかもしれない。

年齢、性別も含め、宝塚歌劇団に入団するための条件。


どうしても超えることができない、水平軸の時間からやってくる限界がある。


そういった限界を「聖なる限界」と呼ぶ。

聖なる限界は、意識の変容への入り口であり、意識の変容が限界を超える力となる。




その中で、漠然とした問いが残る。


能力の成長、意識の変容を望まなくとも、堂々と生きることのできる世界は、果たして幸福なのか。

能力の成長を望まれるわけもなく、意識の変容が必要なわけでもなく、ただある状態で生きることを許可される世界。

その世界の中で、情熱的に、感動的に生きる意味は、与えられるものなかのか、自ら気づくことなのか。


今週は、すこしふわふわとした感じで読み進めた時間になった。




追記

情熱と感動は、どこからやってくるんだろう。

大阪に戻り家族と過ごす中で、ふと思う。

 

子どもの夢を応援する。

そんな気持ちが思い浮かぶ。


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