top of page

時間を超える

修身を学ぶ会富山

第3講 人生二度なし


「人生二度なし」という真理を痛感して、いささかでもよいから、その精神が死後にも生きるような人間になって戴きたいと思うのです。でなければ、せっかくこの世へ人間として生まれてきた意義はないと言えましょう。


自分は、この言葉にある「せっかくこの世へ人間として生まれてきた意義」について深く感謝するということが、全然できていないのだろう。


人間を50年以上生きていると、「あの時の無駄だと思えた時間も必要だったんだな」と振り返ることが増えてくる。

また、どんな時間の使い方であろうと、過去に戻ることはできないし、未来に時間を貯金することもできないことを知っている。

そうすると、いつのまにか時間に対して無自覚になってしまう。



「人生二度なし」


この言葉は、単に有限な時間を無駄にしてはならないという戒めではないように思える。


「今」と「ここ」に自覚的であること、意識的であること。

それが大切なように思う。

さらにもうひとつ付け加えるのなら、常にある必要はないと思うが、時間の流れを忘れる没頭できる瞬間を持つこと

それが時間という概念を超え、自然に「人生二度なし」を実践している生き方になるのかもしれない。

これは、毎朝の「The Power of NOW」の音読会での学びでもある。


この時間を超える瞬間を持つということは、結局のところ「立志」に立ち戻るように思う。

最新記事

すべて表示
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 
無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山 第13講 伝記を読む時期 偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。 今回は、この言葉が心に留まった。 どこまで深く生きるか――そこには制限がない。 では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。 肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。 この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう

 
 
 
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 

コメント


bottom of page