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時間を超える

2024年10月24日
読了時間: 2分

修身を学ぶ会富山

第3講 人生二度なし


「人生二度なし」という真理を痛感して、いささかでもよいから、その精神が死後にも生きるような人間になって戴きたいと思うのです。でなければ、せっかくこの世へ人間として生まれてきた意義はないと言えましょう。


自分は、この言葉にある「せっかくこの世へ人間として生まれてきた意義」について深く感謝するということが、全然できていないのだろう。


人間を50年以上生きていると、「あの時の無駄だと思えた時間も必要だったんだな」と振り返ることが増えてくる。

また、どんな時間の使い方であろうと、過去に戻ることはできないし、未来に時間を貯金することもできないことを知っている。

そうすると、いつのまにか時間に対して無自覚になってしまう。



「人生二度なし」


この言葉は、単に有限な時間を無駄にしてはならないという戒めではないように思える。


「今」と「ここ」に自覚的であること、意識的であること。

それが大切なように思う。

さらにもうひとつ付け加えるのなら、常にある必要はないと思うが、時間の流れを忘れる没頭できる瞬間を持つこと

それが時間という概念を超え、自然に「人生二度なし」を実践している生き方になるのかもしれない。

これは、毎朝の「The Power of NOW」の音読会での学びでもある。


この時間を超える瞬間を持つということは、結局のところ「立志」に立ち戻るように思う。

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