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物を格す

2023年6月12日
読了時間: 2分

月2回のペースで朝活大学素読会を開催しています。

2年目に突入。

その風景をはじめて録画してみました。


▼素読風景はこちら



素読後のつづきはこちら



素読後、心に留まった箇所を紹介。


物を格して后知至る。

伊與田さんの解説には、「物」とは自分のことと書かれてある。

つまり、自分を正せば知恵は自ら澄んでくる。そんな表現で書かれてある。



大学では、孔子のエピソードが紹介されている。


子曰わく、訟をきくこと われなお人のごときなり。 必ずや訟無から使めんかと。 まこと無き者は、其のことばをつくすを得ず。 大いに民の志を畏れしむ。 これを本を知るという。 これを本を知るという。 これを知の至りというなり。

孔子が言うには、争いごとの訴えを聴いて判断することは、裁判官と同じようにできる。

でも訴えを正しく判断することが重要なのではなく、訴えのない世の中にしなければならない。

真実ではない訴えというのは、どれだけ言葉を尽くしても、バレてしまうものだ。

つまり、自ら省みて、自ら畏れて、訴えはできなくなるようにしていく。

これを人の道の本を知るということ。

そして知が至るということ。



「物を格す」ということは、物事の本質を探究し、理解しようとすること。

表面的な課題をどう解決するかも大事なのことだが、その課題の奥に潜むテーマは何か。根本を正すには、何が必要なのか。そこを理解しよいうとすること。

そのことで、新しいアイデアや知恵、解決の糸口が見えてくる。

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