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淡々とする中にある熱さ

  • 執筆者の写真: yamashina shigeru
    yamashina shigeru
  • 4 時間前
  • 読了時間: 4分

食でいのちをつなぐVOL1(動画ではVOL2、動画の続きです)


食でいのちをつなぐ TUMUGU 主宰

とやま有機農研 事務局長

長谷川康代さんとのど真ん中名刺づくり。


以前一度制作したど真ん中名刺のリニューアルになります。

まずは、対話から。


▼とやま有機農研FB


▼TUMUGU instagram




(山科)

長谷川さんが今置かれている情況のことを、淡々と特別なことをしているわけではないというスタンスで語ってくれた。

にもかかわらず、すごく強い秘めた想いがあることが伝わる。


たとえば、忙しいお母さんのために料理代行の仕事をされているが、本心では、いろんな事情があるにせよ、食を最優先に考え、大切にしてもらいたいということを伝えたいのではないか。



(長谷川)

確かに、料理代行を入らせてもらうことで、あわよくば、その気づきに出会ってほしいと願っている。

食塩ひとつからでも、きっかけは作れるはず。

料理代行に頼らず、食に時間を割くことを考える家庭が増えるといいなと思う。



(山科)

長谷川さんは、さらに、食の生産現場と家庭をつなげたいという想いもあるのではないか。



(長谷川)

そうですね。


たとえば、スーパーで買ってきた野菜は、お店に並べられる時点で時間が経っている。

なので、痛むのが早い。

であれば、地産地消の野菜を選ぶほうがいいのかな、とか。

発達障害のお子さんへの食のアプローチも、もっと工夫できるのではないか、とか。



(山科)

きっと長谷川さんと同じようなことを思っている人は多いと思う。

しかし、ほとんどの方は思っているだけで、時間やお金の問題で実践はできない。

誰もが何かしらの理由で妥協したり、自分の生活を変化させることまで考えていない。


長谷川さんは、畑の現場に身を置くことを選択する、自宅で料理教室を開催する。

知っていることと、実際に動くことは、大きく違う。

そこのハードルは高い。


特に家庭料理は、飲食店をしている人以外は、ひとつの家事というだけで、それを探求したところで、利益になるわけではない、むしろ非効率だ。


しかし、長谷川さんは、富山に移住するという選択から、淡々と選択しつづけている。

本人からすると、コールを聴き、素直に選択しているだけなのかもしれない。

だからこそ、特別のこととして語ることをしない。


でも、その姿勢にぼくは違和感を感じる。

きっとここには、言語化できないような譲れないポイントがあるのではないか


(長谷川)

あると思います。



(山科)

ぼくらの世界は、難しいことを思考しなくても、コンビニに行けばお弁当を買える。

特に困ることもない。

だけど、譲れない何かがそれを否定し、他者とは違う選択肢を選ぶことになる。


長谷川さんと似たようなことに関心を持ち、他者とは違う選択肢を選ぶ人たちは、たくさんいる。

農業を始める、お味噌をつくる、フリーマーケットを開催する…。

そのほとんどの方は、自分が決断した道を理解してもらおうと、感情的に強く語ろうとする。

しかし、長谷川さんの言葉には、それすらない。


熱くなるべきところで淡々としている

その姿勢が、むしろ、熱さを伝えることになっている。



(長谷川)

富山に来て、なんでも語れる友に言われるのは

「あなたは熱いよね」と。


自分の熱い何かを言語化できないし、それを他人に強要したくないという想いもある。

それでも、言葉にできない信念は確かにある。



(山科)

ぼくはそれがすごく気になる。

前回名刺をつくるときに、そこに至ることができなかった反省がある。

長谷川さんが、淡々と生きることを可能にしている「何か」がありそうだと感じている。



(長谷川)

今聞いていて浮かんだのは、子供のころに育った環境って最高だったこと

自然の中で生きてきた感じがあり、そこを大事にしたい。


つながり…。


何か、そこから遠ざかるような選択はできない。


土がそばにあってほしい。 そこにしっかり根を張っていたい。


家を建て替えるときに、カーポートの地面部分をコンクリートにしたくないという気持ちがあった。

土が呼吸できなくなるのではないか、と。

そこで、少しだけ砂利のところを残してもらった。


ネイルもできない。

爪が呼吸できないのではないかと思う。



(山科)

ぼくも似たような感覚を子供のころに味わったことがある。


母が生け花の先生で、枝の形をワイヤー等で整えたりする。

見た目は、すばらしいものになるのだが、どうしても「花が痛い」と叫んでるのではないかという気持ちになり、美しいと思うことができなかった。


(長谷川)

似たような感覚かも。


呼吸を妨げたくない。

原点はそこから派生しているのかもしれない。

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