top of page

無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山

第13講 伝記を読む時期


偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。

今回は、この言葉が心に留まった。


どこまで深く生きるか――そこには制限がない。

では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。


肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。

この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう。


有限の時間の流れの中で、無限の時間の流れを感じながら生きるには。

その在り方こそが、「深さ」につながるように思う。


では、無限の時間の流れを感じる時とは、どんな時だろうか。

ここでいう無限の時間とは、「退屈な時間が続くこと」ではなく、「時を忘れて没頭する時間」のことだろう。


時間の流れが消える瞬間。

人生において、どんな条件が揃うと、人は没頭できるのだろうか。



今、この瞬間にある気づきが、この世界の中で唯一自分だけのものだと自覚できた時。

さらに、その気づきが、これまでの長い人類の歴史の中でも唯一無二のものだと、疑いなく信じられる時。

そして、その気づきに命を吹き込む行為をしている時、人は没頭するのだと思う。


そんな答えが、自分の内側から現れてきた。


これは理想や空想の話ではなく、名刺を作るときの感覚だ。


次回

6月9日20時開催です。

最新記事

すべて表示
諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路

 
 
 
人生の深さ

修身を学ぶ会富山 第14講 人生の深さ 人生を深く生きる人は、身近に誰がいるだろうか。 そう考えたとき、真っ先に妻と子どもたちの顔が浮かんだ。 妻も4人の子どもたちも、誰かと比較することはできない。 一人ひとりが見ている世界も、感じていることも、向き合っている方向も違う。 それでも、それぞれが人生を深く生きていると感じる。 「世の中に繊細であること」 これは一見すると、生きづらさの象徴であり、世の

 
 
 
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 

コメント


bottom of page