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無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山

第13講 伝記を読む時期


偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。

今回は、この言葉が心に留まった。


どこまで深く生きるか――そこには制限がない。

では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。


肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。

この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう。


有限の時間の流れの中で、無限の時間の流れを感じながら生きるには。

その在り方こそが、「深さ」につながるように思う。


では、無限の時間の流れを感じる時とは、どんな時だろうか。

ここでいう無限の時間とは、「退屈な時間が続くこと」ではなく、「時を忘れて没頭する時間」のことだろう。


時間の流れが消える瞬間。

人生において、どんな条件が揃うと、人は没頭できるのだろうか。



今、この瞬間にある気づきが、この世界の中で唯一自分だけのものだと自覚できた時。

さらに、その気づきが、これまでの長い人類の歴史の中でも唯一無二のものだと、疑いなく信じられる時。

そして、その気づきに命を吹き込む行為をしている時、人は没頭するのだと思う。


そんな答えが、自分の内側から現れてきた。


これは理想や空想の話ではなく、名刺を作るときの感覚だ。


次回

6月9日20時開催です。

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