諦める人生
- yamashina shigeru
- 4 日前
- 読了時間: 2分
修身を学ぶ会富山
第12講
「感想」を読んで
「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。
これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。
中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。
本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。
しかし、自分の進路を海外へ向けることはなかった。
なぜなら、「自分にはできるはずがない。それは夢物語の世界だ」と、最初からあきらめていたからだ。
中学時代は部活動にも打ち込み、高校に進学したら全国大会を目指そうと仲間たちと誓い合った。
しかし、高校進学の際には、部活動の強豪校ではなく進学校を選んだ。
大人の顔色を見て決めた進路だった。
当時は、自分の意思というよりも、大人や社会の空気に責任を押し付けていた。
でも、本当は違う。
確かに大人からのプレッシャーはあった。
しかし、最終的に選んだのは自分だった。
なぜか。
厳しい練習から逃げたかったのだ。
自ら逃げたという事実を、誰にも知られたくなかった。
だからこそ、「大人のせいだ」「社会のせいだ」と自分に言い聞かせてきた。
しかし、本当は違う。
選んだのは自分なのだ。
結局、このとき背負った十字架を、その後10年以上抱え続けることになった。
大学4年生のときには、経営コンサルタントという仕事に憧れた。
しかし、就職活動に本気で向き合うことが恐ろしく、現実から目をそらした。
必要な勉強もせず、アルバイト生活を選んだ。
これもまた、逃げたのだ。
もちろん、これはぼくの一側面に過ぎない。
別の側面から語れば、人生はドラマティックな成功物語として語ることもできるだろう。
こうした心の内側については、つい最近まで誰にも話したことがなかった。
嘘をつき続け、あきらめ続けてきたのだ。
二度とない人生を真実に生きる。
これほど厳しいことはない。
では、今できることは何だろう。
目の前の人の声の中にある真実を受け取るために、自分の心を真っ新にしておくこと。
それくらいしかできないのかもしれない。
けれど、それこそが、自分の人生をあきらめてしまった私にとって、今できる真実の生き方なのかもしれない。

コメント