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執筆者の写真yamashina shigeru

生きたい生きたいになっている

てくてく学校管理人 Vol3

(Vol2は、youtubeで配信済み)



生まれてから死ぬまでその人らしく。 みんなで支え合って生き「てく」。 それぞれのペースで「てくてく」歩く。 楽しく生きる「てく」を学ぶ。


▼てくてく学校



生きていく強さは、どこから湧いているのか。


自分が誰かの役に立つことで、存在意義を示したかったのかもしれない。


自分が経験してきたことを同じ思いをしてきた人のために役に立つ環境をつくろうと、それが自分の夢になった。

それが今では自分のためになっている。

いろんな人がいるほうが楽に生きられる。


生きたいから。 生きたいから、自分の生きたい環境を作る。 それが、てくてく学校。


「生きたいから」と、なぜ思えるか。


身体中が、生きたい生きたいとなっている。


死にたい人も、生きたいから死にたいと言うんだろうなと思う。


死にたいと言っている人ってむちゃくちゃ生きたいんですよね、自分らしく。

これは、福祉の仕事の中で感じた。


死にたいというのは、自分の存在を消したいということではなく、本当に自分らしく生きたい。

すごい生命力があるからこそ、死にたいになってしまうように感じた。


でも、私は「死にたい」という人に、何もできなかった。

その人を支えよう励まそうと思っても、力がなかった。

自分が何かできたという気持ちにはなれなかった。


何もできないという経験を福祉の仕事で経験させてもらった。


結局、自分がどれだけ楽しくいられて、少しでもいい環境にできたら、ほんの少しでも人の役に立てたらいいぐらい。すこし謙虚になれた。

支えられるとか、死にたいという人に何かできると思っていたら、何もできなかった。


不登校も学校に行けないのではなく、自分らしく生きたいから、座って黙って居られることができない。

自分らしく生きたいという気持ちが強いから、いけなくなったこともあるのかも。


つづく。




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