top of page

生をこの国土にうけて

「ここに日本人の一人として、生をこの国土にうけたことを喜ぶのはそもそもなぜか?」


 正直、私はこれまで「なぜ、日本人として日本の国土に生をうけたのか」ということなど、一度も考えたこともなかった。


 しかも、外国や外国の文化などの日本以外の国に関して興味や関心をもつこと自体あまりない私にとって、「日本に生をうけ、日本人として生きること」について、考えたことさえない。

 森先生が仰っておられるように、自分が日本人であることは「空気のように〝あたりまえ〟のこと」過ぎて、意識することさえ「ない」のが正直なところだ。


 日本民族の一員として、その全てがこの国土に生い立った樹木のような存在である自分。

 過去から受け継がれてきた無量の〝因縁〟が重なり合った結果としての自分。

 個としての存在ではなく、たくさんの命のつながりの結果としての「ここにある自分」なのだ。


 もしかしたら、この回で初めて私は

「命への責任」を自分ゴトとして意識できたのかもしれない。




最新記事

すべて表示
諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路

 
 
 
人生の深さ

修身を学ぶ会富山 第14講 人生の深さ 人生を深く生きる人は、身近に誰がいるだろうか。 そう考えたとき、真っ先に妻と子どもたちの顔が浮かんだ。 妻も4人の子どもたちも、誰かと比較することはできない。 一人ひとりが見ている世界も、感じていることも、向き合っている方向も違う。 それでも、それぞれが人生を深く生きていると感じる。 「世の中に繊細であること」 これは一見すると、生きづらさの象徴であり、世の

 
 
 
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 

コメント


bottom of page