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神なしの世界で考えろ

A NEW EARTH

二巡目 第14週 振り返り


第5章 ペインボディ

の最後の言葉。


この地上での悪行の犯人はたった一人しかない。 人類の無意識だ。 そこに気づくことこそが真のゆるしである。 ゆるしによって被害者というアイデンティティは消え、真の力が生まれる。

「いまに在る」という力だ。 闇を非難するよりも、光をもたらすべきなのである。


この言葉は、強い光として体内に入り、瞬く間に体内から通り過ぎていく。

それほど、難しいことなんだと思う。



第6章 「いまに在る」という意識が私たちを解放する

がスタートしました。



アニメ「チ。」の中に、こんな言葉があります。

神なしの世界で考えろ。

この言葉にはいろんな解釈あるだろう。

人の知性と神との関係、自立と自由というテーマも含まれた言葉なんだと思う。



「子どものペインボディ」の章にこんな言葉がある。

子どもにペインボディについて話してはいけない。(186ページ)

きっと、著者であるエックハルト・トールの意図とも違うはずだし、単にぼくの頭の中で生まれたことなんだけど。


第5章では散々ペインボディについて語り、それが終わり、第6章に入った。

しかし、まだまだペインボディについての内容が続いている。

 

人は言葉を使う。

言葉は、何かを定義することで生まれる。

定義することで、これまで見えていなかった世界を説明することが可能となる。

言葉は、無意識を意識化することができる。


言葉を定義することで、実際に目の前に存在しないもの、または、そもそも目には見えない概念などを、複数人と論じたり、信じたりすることが可能になる。

それは、すごい強さであり、その力が人間に与えられたことで、人類は大きな発展をしてきたことも確かだ。

しかし、定義するということは、強さにもなるが、限界も生み出す。


限界を超えていこうとするとき、言葉は邪魔となる


言葉を捨て、迷い、葛藤の中から絞り出すこと。




第5章の言葉を最初に紹介した。

人類の無意識に気づいていく、闇を非難するより、光をもたらすべきだと。


しかし、その前文にこう書かれてある。


あなたのペインボディのどれくらいが国家や人類のそれであって、どれくらい個人的なものかは、実はどうでもいい。 どっちにしても、いまの自分の内なる状態に自分で責任を取らなければ、それを乗り越えることはできない
他を非難して当然の状況であっても、他を非難している限り、自分の思考によってペインボディに糧を与えることになり、エゴの罠から逃れられない。

言葉は、無意識を理解するには高性能なアイテムなのだろうが、それに頼りすぎず、時には言葉を捨て、満月の夜空を見上げることも大切なのだろう。

それが、迷宮の入り口だとしても。

特に、可能性しかない子どもたちにとって。



3月14日(金)の会社の前から見た月。
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