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自らを省みる

朝をひらく 永田円了 著 読了



富山市真国寺の住職の本。 ぼくが夏、いつもお世話になっているお寺です。


著書の中に「デブリーフィング」という言葉が紹介されている。


デブリーフィング 災害に遭うなど、つらい経験をしたあとでそれについて詳しく話し、つらさを克服する手法。



本の内容は、大なり小なり、日々のデブリーフィングが綴られている。

その出来事をどう感じたのか、なぜそう感じたのか、そこにどんな学びがあったのか、どんな問いが生まれのか。

そんなことを丁寧に書かれてある。


人に与えられた「意識」という存在。

特に、人に備わっている「自らを省みる」という働きは、人にプラスに影響することもあるし、マイナスに影響することもある。


どちらにせよ、この「自らを省みる」という働きが存在するのが、人だろう。


その働きのおかげで、文明や科学が発展し、その反面、個人に葛藤や希望、多くの試練も与えることになったはずだ。


ただ、日常にあるこの小さな経験や違和感は、多くの場合、瞬間瞬間に生まれては消え、生まれては消え、ほとんど表層に残ることはない。 本当は、消えたように思えて、深層にどんどん蓄積しているのかもしれないが。


その違和感や感情を瞬間の起伏だけに留めず、言語化し、伝えることを試みる。


すると、もう一段先の壁が現れることになるのではないか。

それは違和感を感じる原因となった「言葉」または「相手」と、自分との距離感や関係性だ。


言語化するということは、相手の距離に踏み込んことになる、

そうしないと、素直に「表」に出すことができないはずだ。

むしろ、言語化するということは、常日頃の自分の生き様や姿勢こそ、大切になってくるはずだ。



ど真ん中エディットワークでは、「違和感」に向き合い、言語化することが、名刺の大切な役割だということを説明している。


この本は、知識や知恵を学ぶためではなく、自分のこれまでの心を振り返る「呼び水」となる本だ。


「自分は、あのときどう感じたのか」

「その感情は、蓄積させてしまっただけになってないだろうか」と。

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