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自分がその共有ビジョンにエネルギーを注ぎたいと思えるか

  • 執筆者の写真: yamashina shigeru
    yamashina shigeru
  • 2023年8月23日
  • 読了時間: 3分

すべては1人から始まる

トム・ニクソン 著


この本をベースに勉強会をしています。

第6回目 みたらしソース部(仮)


3 人が集まるクリエイティブ・フィールド

前回のつづき



集合知を活かそう!

集合知を発見しよう!

としたときにも、必ず大事なのは、この企画のソースは誰なのか、ソースの固有のビジョンは何か、みんなが理解していることが大事である。


「このイベントのソースは私です。私が皆さんを招待しました。」

「私はこういうビジョンを描いている。」

「ビジョンをカタチにするためには、多くの人の力が必要だ」

「だからこそ、この場を準備した。」

「今回は、このテーマについて考えていきたい。」

まずこの認識が必要になるだろう。


ここまでは、主催者側の在り方と情報共有についてだった。

次は、参加する側の在り方についてだ。

ポイントは5つある。

集合知を探究するプロセスに参加する場合、どんな心得で参加すべきか。




1,ソースを信頼し共感する


当然ではあるが、すごく大切な在り方だ。



2,なぜ、誰によって、招かれたのかを理解する


自分はなぜここにいるのか。それを明確に理解するということ。



3,ソースが人々を集めて探究することを引き受けた課題と向き合うサポートをする


自分がこれから何をするのかを明確にするということ。



4,共有ビジョンとソースの意図が合うかどうか考える


イベントの後半で、共有ビジョンが発見されたとする。

そのときに、共有ビジョンとソースの意図が繋がっているかどうかを再考する時間が必要だということ。

これがズレてしまうと、クリエイティブ・フィールドから外れたビジョンになってしまう可能性がある。

そうなると、ソースにとっては価値のないビジョンになってしまう。

ソースの役割は、イニシアチブの境界線、一貫性を保つことにある。



5,私自身がソースを信頼できるか、自分のエネルギーを注ぎたいか、明らかにする


最後は自分に問いが戻ってくる。

自分がその共有ビジョンにエネルギーを注ぎたいと思えるか。

忖度なく考える。

もしその問いの答えがノーなのであれば、

「ここまで参加できたことに感謝します。ありがとう。ただここから先の参加は難しいです」と意志を伝えないといけない。



結局ソース原理を活かすということは、個人主義的であり、かつ、集団主義的アプローチだということ。

この2つは矛盾しないということだ。

 

 

実は本書の第1章にすごく根本的なことが書かれてある。


そもそもホモサピエンスの特性は何か。

それは2つの力を備えていることだ。


1,物語を生み出す力

2,物語に貢献する力

 

1つ目は、現代においてよく語られていること。

自分の人生を生きようと。

ただ、ポイントは、2つ目があるということ。


ついつい、ぼくらは二項対立で物事を考えてしまう癖がある。

AなのかBなのか。

個人なのか集団なのか。

しかし本来、人は、2つの面を持ち合わせている生き物なんだと。



最後。

クリエイティブ・フィールドの終わり方について。

特徴的な3つのパターンがある。





・ソースが満足いくほどにビジョンが実現されたとき


・ビジョンに注ぐ十分なエネルギーがなくなったとき


・自分の進むべき道とは違うものに尽力していたと気づいたとき



つまり、ビジョンが実現したにも関わらず、惰性的に続けてしまう。

または、ソース自身が新たな欲求が芽生えたのか、環境の変化等で、ビジョンにそそぐエネルギーがなくなったにも関わらず続けてしまう。

または、とあるきかっけで、このイニシアチブは間違っていたと気づいたにも関わらず、体裁を気にして辞められない。


そのような転換点が過ぎてもソースがクリエイティブ・フィールドに留まろうとすると、問題が生じる。


清く辞められるか。

これも大切なポイントだ。

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