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自分で考える

バランスをとって生きる。

自立して生きる。

希望を与える。

 

日本語、言葉で表現すると、とても素敵な言葉が数多くある。

響きのいい言葉には、もちろんプラスの力もあるが、その言葉で表現した瞬間に、思考をストップさせてしまう力がある。

なにか、いままで囚われていた価値観から解き放たれ、普遍的な答えにたどり着いた気分にさせられるからかもしれない。

 

これは、名刺を作るうえで、もっとも気をつかうところでもある。


「その言葉は、本当に自分の言葉なのかどうか」

これはとても難しい。

いろんな情報をインプットすることで、いつのまにか、他人の言葉が自分の言葉になっている可能性はある。

その言葉の言わんとすることが、自分にとっての本心なのかどうか、ここは、一度自分に問いかけなければ、なかなか分からない。


バランスをとる。


この言葉は、ど真ん中名刺ワークショップでは必ず紹介させていただいている。




一日24時間の時間配分をざっくり考えると、

仕事がメインとなるやらなければならない時間(must)

他人や社会のために使う時間(needs)

自分の喜び、ワクワクに費やす時間(wants)


この3つの時間をどう配分することが、どうバランスをとることが自分にとって心地いいか?

それは誰もが悩むことであると思う。

8:1:1の人、6:1:3の人。

理想は、4:3:3がいいという人もいるかもしれない。

 

バランスをとる。


「ぼくは赤が好きだ」

「私は黒が好きだ」

それぞれが譲れない価値を主張しあうと、対立が生まれる。


その時に、

「まあ、まあ、バランスを考えようよ」

と仲裁が入るとする。


赤だ!黒だ!と主張していた人も、

「仕方がない、それもそうだな」

と対立は一時収まるかもしれない。


でも、それは本当の解決になっているのか?


「バランスをとる」という言葉の力によって、思考停止しただけなのではないか?

本当に納得したのかどうなのか、、ここがポイントになる。



自分自身を省みるとどうだろうか。

自分ごととして、改めて問い直したい。

 

自分の心に灯る炎は、どんな風にゆれているのか。

何を欲しているのか、どこに向かおうとしているのか。

 

ただ、ただ、灯るあたたかな光であることが大事なのか。

自分を省みることを惜しまない。

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