top of page

自分の務め

「これでいいだろう」

 

納期があり予算があり、カタチにしないといけない仕事である以上、

「これでいいだろう線」が存在する。


その線は、お互いが納得したであろう線だが、

そこからさらに何か足りないものはないか、本当はまだできたのではないか…、と、考えを残す。問いかけを残す。

 

誠とは、余力を残さず、ひたすら自己の一切を投げ出すということ。

そこで初めておのずから一筋の道が開かれる。

 

この「おのずから」という所に、誠の大きな力があるのだろう。


これは、仕事とは一体どういうものでなければならないのかという問いかけになる。

納期、予算、相手の想い、自分の想い。


デザイナーではなくDTPオペレーターであるということに

半ば誇りを感じている。


ただ、これは

「DTPオペレーターなのだから、ここはこれくらいでいいだろう」

そんな仕事への言い訳にもなりかねない。


そうではなく、なぜ、どうして、

DTPオペレーターでなくてはならないのか。


ここをもっと深く考えていかなければならない。

 

まだまだ自分のいたらなさを痛感する。



最新記事

すべて表示
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 
発願

修身を学ぶ会富山 第9講 発願 「道の上では師に譲らず」 第9講の最初のところに、この言葉が紹介されていた。 この言葉にすごく似た有名な論語の章句がある。 仁に当たりては 師にも譲らず 自分の心にある「仁」。 思いやる心、相手を大切にしたい気持ち、大事にしたい気持ち。 自分が一生ついていこうとする尊敬する師がいるとして。 その師からのお願いだったとしても、自分の中にある「仁」に反することであれば、

 
 
 
希望の種を拾う

修身を学ぶ会富山 第7講 身代わり 小学校の低学年だったころ、同級生が雪の事故で亡くなるという出来事が起きた。 当時担任だった、いつもやさしい女性の先生は、事故後、まるで別人のように表情が硬くなり、少し冷たい空気を常にまとっているようになった。 その変貌ぶりがあまりにも印象的で強く記憶に残っている。 きっと、その時の担任の先生は、感じるの必要のない「責任」と、死を覚悟したのかもしれない。 数か月間

 
 
 

コメント


bottom of page