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自分の務め

「これでいいだろう」

 

納期があり予算があり、カタチにしないといけない仕事である以上、

「これでいいだろう線」が存在する。


その線は、お互いが納得したであろう線だが、

そこからさらに何か足りないものはないか、本当はまだできたのではないか…、と、考えを残す。問いかけを残す。

 

誠とは、余力を残さず、ひたすら自己の一切を投げ出すということ。

そこで初めておのずから一筋の道が開かれる。

 

この「おのずから」という所に、誠の大きな力があるのだろう。


これは、仕事とは一体どういうものでなければならないのかという問いかけになる。

納期、予算、相手の想い、自分の想い。


デザイナーではなくDTPオペレーターであるということに

半ば誇りを感じている。


ただ、これは

「DTPオペレーターなのだから、ここはこれくらいでいいだろう」

そんな仕事への言い訳にもなりかねない。


そうではなく、なぜ、どうして、

DTPオペレーターでなくてはならないのか。


ここをもっと深く考えていかなければならない。

 

まだまだ自分のいたらなさを痛感する。



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