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自分の背中

2021年9月15日
読了時間: 1分

第17講 一道をひらく道(Ⅱ)


一道をひらくということは、それによって自分自身が救われると共に、さらに後に来る同じ道をたどる人々に対して、その行く手を照らすという意味がなくてはならぬ。

この言葉が大いに心に留まった。

自分も含めて、多くの方は、大小あれど、夢や志を抱き、ひとつの道を開きたいと願うはずだ。


ただ、そこに、自分がこの道を開くことを選択してよかった、正解だったと、救われるだけではなく、同じ志をもつ人々の光になれるかどうか。

結果的にそうなるということもあるだろうが、一道を開こうと歩む道にありながら、最初からそういった思いをもって歩めているか。

ここが大事なのだろうと思えた。


未来を創るには、自分の背中が何を語っているのか。

この意識は油断すると、忘れがちになる。


子どもの成長を見つめながら、その子の5年後10年後をおもうことも大切だが、自分のどんな姿を5年間、10年間見せ続けたのか。。

 

自分の言動を今一度省みたい。

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