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自分を愛することと他人を愛すること

マネーバイアス

ピーター・カーニック 著


22番目の嘘

私たちはお金に依存している


21番目の嘘では、自立は次のように定義されていた。


自立とは、あなたが意識的にある活動のソースになって行動を起こし、そこから起きることの責任を引き受けることである。


つまり自立とは、誰にも頼らないことでも、お金を持つことでもない。

自分が起点となり、行動を選び、起きる結果をコントロールしようとすることを手放し、自分として応答し続ける在り方である。



この定義に立ったとき、22番目の嘘である「私たちはお金に依存している」という言葉の意味は、まったく違って見えてくる。


私たちは確かに、何かに依存して生きている。

しかし、それは本当に「お金」なのだろうか。


現実には、食べ物も、水も、エネルギーも、すべては誰かの営みによって支えられている。

私たちは、人との関係性の中でしか生きることができない存在である。


それにもかかわらず、「お金に依存している」と感じるのは、お金がその関係性を数字として集約し、見えなくしてしまうからかもしれない。


ここで、自立の定義に立ち返る。

自立とは、ソースとして立ち、応答し続けることだった。


このとき重要なのは、依存しているかどうかではなく、その関係性の中で自分として立っているかどうかである。

つまり、他者に支えられていることと、自立していることは矛盾しない。


「他者を支え、他者から支えられている」というつながりを確信したとき、私たちは本当の自立に至ることができる。(224p)


人がヒトとの関わりの中で苦しむとき、それは他者に依存しているからではない。

むしろ、自分がソースとして立てていないまま、人との関係性の中に入ってしまうときに生まれるのではないか。


自分がソースでない状態で関係性の中にいると、

・相手に期待し

・相手に委ねすぎ

・相手の反応に振り回される

その結果、「依存=苦しさ」として現れる。


一方で、自分がソースとして立っている状態で関係性の中にいると、

・支えられていることを受け取り

・起きたことに責任(応答)を引き受け

・関係性の中で循環を生み出すことができる。


つまり、自立とは、依存の否定ではなく、依存(つながり)の中でソースとして立つことである。



ここで少し、「自分に立つ」という言葉の「自分」について考えてみたい。


もし世界に自分ひとりしか存在しなかったとしたら、「自分」という概念そのものが成立しないはずである。

「自分以外の誰か」との関係性があるからこそ、はじめて「自分」という輪郭が生まれる。


そう考えると、「自分に立つ」という言葉もまた、他者とのつながりの中でしか成立しない。

個として独立することのように見えて、その実、関係性を前提とした言葉である。



私たちはお金に依存しているのではない。

人と人との関係性に支えられて生きているのだ。

それを理解し、自分がソースとして立ち、起きることに応答し続けるとき、依存は弱さではなく、つながりの力へと変わっていく。

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