肌感覚を聴く(3)
大学生、堀田杏奈さんとのど真ん中名刺づくり。
まずは対話から。
前回のつづき。
堀田さんの今ある情況(must,needs,wants)を聴いて、質問タイム。
(山科)
座右の問いにある「優しさのコップ」とは?
(堀田)
自分の心がコップだとして、お水が優しさだとする。
コップのお水を他人に分け与えると、自分のコップが空っぽになって辛くなる。
そうではなく、自分のコップが水でいっぱいになって溢れる。
溢れた水が、隣りのコップに注がれる。
それが相手にとっても自分にとっても心地いい関係を生み出す。
そういった生き方を目指したい。
名刺に載せたい言葉は、「ありのまま」「等身大」で生きていきたいと思っているのだけど、今そういう風に生きれていないので、その状態で名刺に載せていいのかどうか悩んでいる。
(山科)
本当に「ありのまま」生きることができていないのだろうか。
(堀田)
最近、少しずつできている時もある。
しかし、「他人軸」で生きている瞬間はある。
それは、いいひとで思われたい、嫌われたくないという思いから。
(山科)
これまでの話を聞いて、ぼくが今感じている違和感について。
堀田さんは、他人軸ではなく自分軸で生きたいと思っている。
優しさのコップの話を大切にしていきたいと思っている。
この二つの物語は、自分が真剣に考えてたどり着いた答えなのだろうか。
言わんとしていることが正しくても、それは自分のものになっているのだろうか。
目の前の人と、共に悩むこと。
相手と自分との関係性で感じたこと、うまく流れていないことを改善する、支えてあげる、一緒に関わってあげる。
それが堀田さんの望みなんじゃないだろうか。
その生き方は、自分軸でも他人軸でもないのではないか。
(堀田)
自分の在り方として「ありのまま」でありたいということは間違っていない。
自分が社会にしていきたいことは、困っている人、スポットが当たっていない人、滞っているところに入っていき、もう少し動きやすくする、光が当たりやすくする。
そういうことをしていきたい。
(山科)
たとえば。
ずっとカーテンの閉まっている部屋のカーテンを開けてあげる。
その部屋にいる物や人に、直接何かをしたわけではない。
ただカーテンを開けて光が差し込んだだけ。
それは別に感謝されるわけではない。
でも、そこに今まで見えなかったもの気づかなかったことが、見え始める。
もしかするとそのことで、部屋にいた人は変化するかもしれない。
別にこの行為は、誰かに理解される必要もない。
ただ、カーテンを開けたいと思ったからしただけのこと。
それは、自分軸でも他人軸でもない。
でもそういうことに気づける人が社会に必要なはず。
堀田さんが目指す世界は、そういった世界なのでは。
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