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芸術品に触れる



修身を学ぶ会富山

「情熱」


情熱とは何か?


これを考える前に、「人間の偉大さとは何か?」という問いがあり それが

1,豊富な情熱があること 2,その情熱を浄化せずには已まぬという意志力

この2つだと。 つまり、人間の偉大さの素材が「情熱」なんだと。


この情熱の出現のはじまりは、感激すること、感動すること。

これが人の魂が死んでいない証拠である。


では、情熱、感動感激を深めるためにはどうしたらいいのか。

それが偉人の伝記であり、芸術品に触れること。 情熱を浄化していくには、宗教や哲学が役に立つと書かれてあった。

 


さて、


「情熱」という言葉に久しぶりに触れた気がする。

情熱という言葉には、何か人間のかっこ悪さと同時に、あこがれに近い印象を受ける。

この反する二つの側面を感じるのは、とてもオモシロイ。


自分には、情熱があるのだろうか。

目の前のなすべきことに向き合う力の源は、「情熱」なのだろうか。


これは思いの外、大きな問題のように感じ始めている。


僕らが住むこの日常の中では、情熱を封印されても、生活はできるし、世の中は回るシステムがある。

むしろ、情熱が表面に出ないほうがスマートにシステムが回るのかもしれない。

これに対しての疑問だ。

 

しかし、人間の偉大さをカタチづくる素材が「情熱」であり、その情熱のあたたかさに触れて生きることができればいいと思えた。

 

また、芸術品というのは、まさに情熱が浄化されて生み出されたものである。

そんな芸術品に触れる時間を作っていきたい。

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