言葉を信じる
- yamashina shigeru
- 2022年1月19日
- 読了時間: 2分
第8講 気品
すっかり忘れていたことを思い出した。
数年前、自らの志として「気品」をあげていた。
気品を子供たちにバトンを渡すことのできる生き様を目指す。
このマインドは、今も変わりはないのだが、内容が少し変化していっている。
なぜこの志になったのかといえば、大阪と富山という二拠点生活をしていく中、子どもたちと離れていることからこそ、自分の一つの覚悟として、
富山で働いている時は、いつ子供たちに今の姿を見られても、恥ずかしくなく、胸を張って生きているか。
そんな覚悟を抱いていた。
ぼくにとっての座右の問いにもなるだろう。
そして、離れて過ごすぼくが、子どもたちにできる唯一のプレゼントこそ、「気品」なのだろうと思っている。
気品とはどういった性質のものであるか。
それは、自分がどれほど気品を得ようと修養しても、なかなか難しいものであると。
なぜならば、一代で身につくようなものではないからだ。
気品は、何世代と受け渡されながら培われていくことなのだと。
この性質は、「自分だけ」のことからすると、半ば諦めるしかない代物のように感じるが、見方を変えれば、自分の修養が、自然と次世代の気品の礎になるということだ。
だからこそ、ぼくが残せるこどもたちへのプレゼントは、気品となり、外に溢れ出すような「何か」しかないと。
捨石。
そんな言葉も頭に浮かぶ。
この気持ちは今も変わらない。
今年は、ひょっとすると長男が富山に来て、一緒に働くことになる可能性がある。
もしそうなると、自分のこの覚悟と捨石としての態度が、少し息子に伝わったのかもしれない。
父の仕事を手伝ってみたいと思ってくれていること。
これは感謝でしかない。
子の言葉を信じきる大人になること。
そんな大人を増やしていきたい。
これが、今ぼくの志だ。

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