top of page

言葉を信じる

第8講 気品


すっかり忘れていたことを思い出した。

数年前、自らの志として「気品」をあげていた。


気品を子供たちにバトンを渡すことのできる生き様を目指す。


このマインドは、今も変わりはないのだが、内容が少し変化していっている。


なぜこの志になったのかといえば、大阪と富山という二拠点生活をしていく中、子どもたちと離れていることからこそ、自分の一つの覚悟として、

富山で働いている時は、いつ子供たちに今の姿を見られても、恥ずかしくなく、胸を張って生きているか。

そんな覚悟を抱いていた。

ぼくにとっての座右の問いにもなるだろう。


そして、離れて過ごすぼくが、子どもたちにできる唯一のプレゼントこそ、「気品」なのだろうと思っている。


気品とはどういった性質のものであるか。

それは、自分がどれほど気品を得ようと修養しても、なかなか難しいものであると。

なぜならば、一代で身につくようなものではないからだ。

気品は、何世代と受け渡されながら培われていくことなのだと。

 

この性質は、「自分だけ」のことからすると、半ば諦めるしかない代物のように感じるが、見方を変えれば、自分の修養が、自然と次世代の気品の礎になるということだ。

 

だからこそ、ぼくが残せるこどもたちへのプレゼントは、気品となり、外に溢れ出すような「何か」しかないと。

 

捨石。

そんな言葉も頭に浮かぶ。


この気持ちは今も変わらない。


今年は、ひょっとすると長男が富山に来て、一緒に働くことになる可能性がある。

もしそうなると、自分のこの覚悟と捨石としての態度が、少し息子に伝わったのかもしれない。

父の仕事を手伝ってみたいと思ってくれていること。

これは感謝でしかない。



子の言葉を信じきる大人になること。

そんな大人を増やしていきたい。

 

これが、今ぼくの志だ。




最新記事

すべて表示
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 
無限の時間を生きる

修身を学ぶ会富山 第13講 伝記を読む時期 偉人とは、自己の生命を最も深大に生きた人と言えるでしょう。 今回は、この言葉が心に留まった。 どこまで深く生きるか――そこには制限がない。 では、ここでいう「深さ」とは、どのように捉えるべきだろうか。 肉体的な生命の長さには限りがあるが、生命を深く生きることには制限がない。 この「制限」という言葉の含みには、「時間」をどう捉えるかという問いがあるのだろう

 
 
 
自己反省

修身を学ぶ会富山 第11講 長所と短所 今回のテーマは、 内面の長所と短所 、そして 外面の長所と短所 に、私たちはどのように向き合うことが大切なのか、というものだった。 長所をどう伸ばすのか。 短所をどう受け止めるのか。 一見、よくある問いのようでいて、しかし掘り下げていくと、とても根の深いテーマである。 まず、内面――精神面の成長について考えたとき、単純に「長所を伸ばす」「短所を克服する」とい

 
 
 

コメント


bottom of page