top of page

預かりもの

A NEW EARTH

二巡目 第12週 振り返り


身体は頭のなかの声が語る物語を信じて反応する。この反応が感情である。
思考(物語)に反応するエネルギーとして感情が生まれ、その感情がまた思考(物語)の火に油を注ぐ。これがエゴの感情的な思考だ。

思考、感情、思考、感情、の無限ループ。

このループにこそ、エゴの本質があるようだ。


どれだけ人は物語を生み出しつづける種なのだろうか。


このループの中で、身体の知性は曇っていく。

鏡を磨く意味が、ここにあるのだろう。



この思考と感情のループで生まれた吹き溜まりがエネルギー場となり、残り続け、ペインボディとなる。

「オペラ座の怪人」が、満を持して地下から地上の舞台にせりあがってくる景色が思い浮かぶ。最高の歌と踊りで。



エネルギー場は、個を超える。


まだ、明らかになっていないが、集団的なペインボディはたぶんすべての人間のDNAにコード化されているのだろう。

これが、原型となり、すべての人類の内側に影(シャドー)として存在する理由であり、原型=性格ではないと言える所以なのだろう。

フランス革命による人権の主張、こどもの発見、男女、LGBTQ、健常者と障がい者と、多様性を大切にしていく世界の先に、社会ダーウィニズムがいまだに色濃く残る中、ペインボディへの偏見がなくなる未来が訪れるだろうか。



身体は、思考と感情を生み出す装置でもあり、ペインボディを補完し継承する器にもなっている。継承といっても、エネルギー場であるからこそ、血から血へというルートだけではなく、集団から集団という継承もつづく。


改めて、親子の関係、家族の関係に、思いを馳せることになる。

血のつながりというより、むしろ、人間として生まれ成長する中で、共に過ごす最も近しい関係の中で、ペインボディは強化もされる。



しかし。


しかし、負の継承だけに目を向けるのではなく。


このエゴからペインボディ、エネルギー場の形成、その継承、身体の驚くべき知性の世界を逆転してとらえたとき、そこには無限のような力と可能性を秘めていることに気づかされる。


本来の還る場所はどこなのか。




妻の両親が、高齢ということもあり、衰えていく身体とそれに伴う感情、長年積み上げてきた物語が、多くの苦痛となり表出している。

妻は、それを溶かしていく役割を担い続けている。

当人がすっかり忘れている両親の結婚記念日に、ケーキを買ってもっていってあげたらしい。


その妻が、何度もぼくに語り掛ける言葉がある。


わたしたちの身体は、預かりものなんだ。だから、最期は丁寧に「ありがとうございました」ってお返ししないといけない。

両親に対して、自分自身に対して、僕に対して、諭すように語ってくれる。




息子が描いたジョーカー


JOKER: You complete me.

おまえがいてはじめて俺は俺なんだ。


最新記事

すべて表示
プペル

映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』 本『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』 この2つを重ねながら、プペルについて勝手気ままに語ってみたい。 我が家は、前作のプペルがとてもよかったので、妻と次女と末っ子が先に鑑賞した。 末っ子は、いろんな場面で泣いていたらしい。 問題は妻である。 妻はとても繊細で、たとえばポケモンやドラえもんですら大泣きするタイプだ。 その妻が、末っ子が大泣きした

 
 
 
バケツの穴

人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である 樋口耕太郎 著 毎朝5時からの音読会で読んでいる本。 今朝のテーマはここ。 「バケツの穴」 ここでは、資本主義経済の姿が、バケツとその中の水にたとえて、わかりやすく表現されている。 労働者が働いているバケツ。 そこでは、付加価値を生み出すことでお金(水)が増えていく。 そのバケツの真下には、さらに大きな「金融市場」というバケツがある。 そのバケツにいる

 
 
 

コメント


bottom of page