すべては1人から始まる
トム・ニクソン 著
この本をベースに勉強会をしています。
第12回目 みたらしソース部
8 ソースと文化の深いつながり
文化の定義として、このように書かれてある。
文化は固定的な実体のある「モノ」というよりも、相互交流によって生まれる動的な「現象」
ここで思い出されるのが、生物学者の福岡伸一氏の「動的平衡」という言葉。(動画では動的均衡って間違って言っています…ごめんなさい)
動的平衡とは
福岡氏が「生命とは動的平衡にある流れである」と表現している。
動的平衡とは、絶え間ない流れの中で一種のバランスが取れた状態のこと。
崩壊してゆく生命の構成成分を先回りして分解し、乱雑さによって崩壊していく速度よりも早く再構成され続けることでバランスが保たれる。
文化とは、生命の概念に近い存在だということだろう。
そう考えていくと、ひとつの生命としての在り方と、ひとつのクリエイティブフィールド内の在り方、さらには数多のクリエイティブフィールドの関係性、そして、宇宙に浮かぶ星たちがお互いの重力で平衡を保っている状態、あらゆることが相似関係になるような想像を愉しむことができる。
そして、
ソースが明確で創造的で、究極的には愛に基づいて行動すれば、文化は生き生きとした、可能性やつながりや活気に満ちたものになるだろう。 逆にソースが無意識に抱えた影(シャドウ)の部分を行動に表してしまったら、文化は痛みと混乱に満ちたものになる。
ここでも影(シャドウ)について書かれてある。
ソースは、イニシアチブを前進させていく中で、大なり小なり、シャドウはでるはず。
しかし、シャドウは無意識だということは、自分では意識できないこと。
どうしたらいいのか。
やはり、ここでサブソースの役割がすごく大事になるのではないか。
ソースがシャドウに乗っ取られているときに、寄り添ってソースに気づかせてあげる役割がサブソースにはある。
▼こちらを参考に
サブソースになるためのステップ
つづく。
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