top of page

自分の才能は何か

第28講 一人一研究



前回、アニメ「アオアシ」の感想を書かせていただいた。


そのときに、「しばり」と「よどみ」という言葉がすごく気に入った。

特に「よどみ」だ。


もうひとつ。

北山知絵子さんとの対談で教えてもらった話。


「ちょっとした好きなことが、人生を助けてくれるのではないか。」

特に子供のころに好きだったことは何かを考えてみること。



この2つが繋がった。


ぼくは、小中学とホッケーをし、高校はラグビー、大学と社会人ではアイスホッケーをプレーしてきた。

ラグビー、アイスホッケーとも、ポジションのおかげもあるが、常に得点に絡んでいた。


そのときに得た才能こそ「よどみ」だ。


アニメ「アオアシ」の主人公は、プレイヤー全員のポジショニングや動きを俯瞰する才能があった。そのことで、次に相手はどう動くか、またはボールをどう動かすといいのかを理解していた。

また、その才能をある特定の欲のために使うことで、「よどみ」を生むことを学んだ。

 


まさに、ぼくは選手だったとき、この「よどみ」を読む才能があったのだ。

一人ひとりの選手の動きがわかるような俯瞰する力はなかったが、人ではなく場の「よどみ」を理解する力が長けていた


言語化することはできないのだが、「ここにボールがくる」というポジションがわかったのだ。

そのおかげで、大学1年のときから、レギュラーになることができ、常に点を取ることができた。


今回、そのときの自分の才能を思い出したのだ。

そして、その才能を今活かしてないことにも気づいた。


名刺をつくるために対談をするときに、その対話の中にある「よどみ」を意識することはしているが、場の「よどみ」を読んでいるわけではない。

 


子どものころの好きだったことを試してみる。


この場の「よどみ」を読む才能をどう活かすか。

この才能の発動条件もすごく重要になってくるのだが。


この才能を利用した活動をしてみたいという想いが強く生まれた。


自分が楽しみだ。

最新記事

すべて表示
諦める人生

修身を学ぶ会富山 第12講 「感想」を読んで 「自分の人生を真実に生きる」と本気で考える人は、一体どれくらいいるのだろうか。 これまでの人生を振り返ると、ぼくは何度も自分の人生をあきらめてきたように思う。 中学時代、落合信彦氏の本に出会い、夢中になって読み漁った。 本の中には、自分の足で世界を歩き、自らの人生を切り拓いていく生き方が描かれていた。ぼくはその生き方に強く共感した。 しかし、自分の進路

 
 
 
人生の深さ

修身を学ぶ会富山 第14講 人生の深さ 人生を深く生きる人は、身近に誰がいるだろうか。 そう考えたとき、真っ先に妻と子どもたちの顔が浮かんだ。 妻も4人の子どもたちも、誰かと比較することはできない。 一人ひとりが見ている世界も、感じていることも、向き合っている方向も違う。 それでも、それぞれが人生を深く生きていると感じる。 「世の中に繊細であること」 これは一見すると、生きづらさの象徴であり、世の

 
 
 
服装

修身を学ぶ会富山 第10講 肉体の護持 最近、妻から服装について注意されることが増えた。 なにも、立派な服やおしゃれな服を着てほしいということではない。 50歳を超え、それなりの経験と学びを重ねてきた中で、内なる人間的成長と服装の「周波数」を合わせてほしい、ということだと理解している。 服装以外にも、「魂を傷つけてはいけない」と注意される。 何かを我慢すること、本当に望んでいるものを諦めること。

 
 
 

コメント


bottom of page