奪われることは決してない
三軍も帥を奪うべきなり。 匹夫も志を奪うべからざるなり。 大軍であったとしても、その総大将を奪おうと思えば奪える。 それは人が守っているからである。 たとえ一人の男でも、その志は奪うことはできない。 男の心の中にあるからだ。 (「実践・論語塾」安岡定子著) まず志を抱く。...
人はいかに生きるべきか
朝に道を聞かば 夕べに死すとも可なり 一度聞くと忘れられないインパクトのある章句だ。 それは「死」という言葉が使われているということと、朝と夕という短い時間の中の物語であるということだろう。 朝、人はいかに生きるべきかを知ることができれば、その日の夕方に死んでもかまわない。...

人と禽獣と異なるゆえん
この世に生を受け、さらに〝人〟として 命を与えられたことへの真の感謝をまず持つこと。 そして〝人〟として生を受けたのならば 〝人〟である根拠を明確に把握することが 何よりも大切であり、 スタートラインなのだということ。 いつものことながら、正直これまでの人生の中でほとんど...
親子の敬
敬とは何か? これまでの人生で、そこに疑問をもったり、そのような問いを考えたことすらなかった。 敬とは、自分より優れたもの一切を受け入れてこれを吸収し、その一切を奪い取って超えていこうとする強力な生命力である。 敬には、そういった意味がある。...
礼
学校生活のことを思い出すと、朝の挨拶、授業開始の礼、終わるときの礼、…常に「礼」がある。 そして、「礼」について常に先生方は生徒に注意していた記憶がある。 学校で先生が怒る一番の理由は「礼」ができていないことなのではないか。 でも、なぜ「礼」が大切であるのか。...
個人が通貨を発行する時代
「どんな職能をお持ちなのですか?」 「何をしていきたいとお考えですか?」 「それでしたら、ちょうどそんな人材を探してたところなのです」 「いや、むしろあなたがやりたいと思っている活動のお力になれるかもしれません」 「よければ一緒に活動しませんか?」...
真面目
子どものころ、「真面目だね」とよく言われた。 その言葉は、決して誉め言葉ではなく、ちょっと嫌味を含んだ感じ。 振り返ると、子供の頃は真面目であるということは、恥ずかしいことだ。 そんな感情があったことも確かだ。 それでも、自分は真面目に授業を受け、先生の言うことに従った。...











